やる気あるひとって思われたいかも
今週のお題「やる気が出ないときの◯◯」
やる気は、なくはないと思います!
歯切れが悪い言い方ですが、まあ、ある方だと思って生きてきました。
例えば仕事とか、集団生活するなかで、
不真面目な人を見るのが嫌で、
自分はそうならないように努力しているからです。
やる気のない人をみるとやる気が失われて、
感染していきますよね。
そんなマイナスな人間には、できればなりたくない。
ただ残念なことに、私のことを、
やる気があるタイプだ!と思うひとは、決して多くありません。
仕方ありませんね。
不真面目の反対は〝真面目〟。
私はサボったりしないただの真面目人間なだけで、
やる気がある、とまでは言い切れないのです。
そう思われていると最初に実感したのは学生時代。
はじめてのアルバイトを辞める時、開いてもらった送別会で、
「君がそんなアツいことを考えてるとは思わなかった!!」
と感動されたのです。
何の話でそう言われたのかは覚えていませんが、
自分的には特にアツい話をしたわけではないことは確かです。
そしてその時に感じたことを二つ、鮮明に覚えています。
一つは、私ってやる気のない人間だと思われていたんだ、ということ。
とてもショックでした。
今考えればそんなふうに極端に考える必要はなかったのですが、
自分なりに頑張っていたのに、
アツくない=やる気がないように見えていたことが悔しかったのです。
もう一つは、
こんな何気ない話で〝アツい〟と認定されるんだったら、
もしかして私は人よりもやる気のある人間なのかも、と考えたこと。
これも今考えたら大袈裟です。
だけどそれが先述した、
〝私やる気あるよ宣言〟の根幹を支えているのかもしれません。
そして次に始めたアルバイトは小さい居酒屋。
ここでは社長に挨拶をしなかったと怒られ、トイレで泣いた経験があります。
若いですね。周りはさぞ迷惑だったでしょう。
その後社長には気を遣って色んな優しい言葉で励まされました。
その日何故挨拶をしなかったか。
以前その社長への挨拶で無視されたことがありました。
(実際は私の声が小さかっただけだと思いますが)
それで、偉い人ってこっちから話しかけちゃダメなんだっけ?なんて
よくわからない考えに至り、挨拶しなかったんです。
結果怒られて。
気遣って、あえて挨拶をしなかったのに、と思ってまた悔しかったのです。
もちろん大人になった今では、挨拶なんか絶対したほうがいいことくらいわかります。
馬鹿ですね。
でもその時悟りました。
なんだよ、どれだけやる気があって気遣っても、見る人次第なんだな。
大きい声で、堂々と表現しないと伝わらないのかもな。って。
きっかけこそあまり良くありませんが、
多分これって本当にそうで。
たまたまそんな結論に至ることができました。
やる気は人のために出すわけでもないし、
人に気づかれないと意味がないわけではありませんが、
やる気がある人間だと認定されることはいいことです。
その後の人生で、
静かな闘志で燃えているひとを何人も見たので、
それが半分本当で、半分嘘だとも思えるようになりましたが。
私はどちらかというと、
やる気ある人だと思われたいです。気づかれたいです。
どうぞ、よろしくお願いします。